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Issue No. 18 (January 12, 2024) フィチン酸

明けましておめでとうございます。大変ご無沙汰してしまいました。今年も宜しくお願い致します。


年末年始は忘年会、新年会、家族の集まりなどで暴飲暴食が続き、胃腸の疲れを感じて反省し、「今年こそはもっと健康的に食べよう…!」と決意した方も多いのではないかと思いますが、日本人の間で根強くあるのが、「健康志向の人はみんな玄米を食べている」というイメージです。何を隠そう私達自身も、以前は玄米を水につけて発芽させた「自家製発芽玄米」を食べていました。患者さん達にも同様にすることをおすすめしていましたし、オーガニックの全粒の穀物を発芽させたもので作ったパンなども購入して食べていました。全粒のものは精白されたものに比べて栄養価が高く、食べた後の血糖値の上昇も緩やかなので、ダイエットにいいし、生活習慣病予防にもなる、というのが一般的な理解でしょう。しかし、たくさんの臨床結果と私達自身の経験から、穀物、豆、種、ナッツなどはかなり気を付けて食べないと健康を損ねるケースが少なくないことがわかり、今では患者さんに玄米をおすすめすることはありません。その理由の一つである「フィチン酸」という反栄養素について、今日はお話したいと思います。


「フィチン酸」は、植物が成長する過程で必要となるリンを貯蔵するもので、種子である穀物、豆、ナッツなどに多く含まれていて、特に表皮や胚芽の部分に多く含まれます。フィチン酸には他の物質と結合しやすいという性質があるので、玄米食を実践することで、フィチン酸が腸の中で悪い物と結合して体外へ排泄するという解毒効果によって癌を克服した、という話は実際たくさん存在します。しかしフィチン酸は悪い物だけではなくカルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛などのミネラルなどとも結合しやすいので、フィチン酸を含むものを長期に渡ってたくさん食べ続けると腸でのミネラルの吸収が妨げられてしまい、骨粗しょう症や貧血などを起こす可能性があります。また、フィチン酸はペプシン、アミラーゼ、トリプシンなどの消化酵素とも結合し、それらの働きを抑制してしまうそうです。


焼いたり炊いたりすることでフィチン酸の害がなくなってくれれば都合がいいのですが、残念ながらフィチン酸は加熱調理することでは少ししか排除されません。フィターゼというフィチン酸を分解してくれる酵素があるのですが、フィターゼは人間の体では作られません。フィターゼは、実はフィチン酸を含む植物には必ず入っています。フィチン酸とフィターゼが共存するのはなぜ?と思うかもしれませんが、フィチン酸はそもそも植物の成長のためにリンを貯蔵したものでしたよね。リンを植物が使うためには、貯蔵形態から解き放たれなくてはならないわけです。植物は、成長するために必要な環境が整うまで、むやみに発芽しないような仕掛けになっていますが、いざ環境が整い発芽すると、今度はそれまでとは反対に今まで貯め込んできた栄養素をどんどん使える形に変えて、成長に使い始めます。そこでフィターゼが働いてくれるわけです。フィターゼがフィチン酸を分解してくれると、それを私達が食べてもフィチン酸による害を受けにくくなります。


では、フィターゼを活性化させるためにはどうしたらよいのでしょうか。フィターゼは、発芽で活性化させることができます。種子は昔は何日も(長い時は2週間も)かけて処理をしてから食べられていました。種子が体に害になる性質を持っているということを、昔の人達は知っていたんですね。発芽させるとフィチン酸が減るだけではなく、成長のために保存されていた他の栄養素も解き放たれるので、栄養価が高くなります。発芽させても100%のフィチン酸が消えるわけではなく、物によっては50%以上のフィチン酸は残りますが、そこで更に助けになるのが発酵です。インドのナン、ヨーロッパのサワードウ、ガーナのバンク、メキシコのポソレ、中南米の発酵おかゆなど、穀物や豆はしっかり発酵させてから食べる、という習慣は、世界中にあります。


それが今ではどうでしょうか。手軽さが重要視される現代では、味と食感だけを基準に調理の技術が進み、昔は調理に長時間がかかっていたものがあっという間にできあがるようになりました。しかし味と食感は同じでも、栄養価や消化に欠ける負担は全く違うものになっています。発芽が不可能な粉末の状態の穀物は、ぬるま湯でのソーキングでフィチン酸の中和を試みる伝統も世界各地にあります。しかし、フィターゼは加熱によって死んでしまうので、昔ながらの石挽きの粉なら大丈夫ですが、現代の精粉の工程には高熱が使われるため、スーパーで売っている粉末のものはソーキングをしても、フィターゼによるフィチン酸分解は全く期待できません。


ライ麦や小麦はフィターゼが多いので、石挽きの粉をしっかり発酵させて作ると、フィチン酸の量をほぼゼロにできるそうです(注:ドライイーストでは充分な発酵はできません)。それに対してとうもろこしや、日本人が毎日口にするお米には、フィチン酸をゼロにするほどのフィターゼは入っていません。現代で食べられている種子類にフィチン酸が多いのは、リンを多く含む肥料の使用によるところも大きいようです。チョコレートの元になるカカオにも、コーヒー豆にも、フィチン酸は入っています。このように、フィチン酸の摂取をゼロにするということは現実的ではありません。


ではどうしたらよいのでしょうか。ご飯は玄米よりも白米、パンは全粒粉の物よりも精白された小麦の物を選ぶ、全粒の穀物/豆/ナッツなどはきちんとソーキング、発芽、発酵されたものをできるだけ選んで控えめに摂る、などもフィチン酸の摂取量を最小限に食い止めるために必要なことです。しかし何よりも、腸内環境をよい状態に保てるようにベストを尽くすことが実は一番大切なのです。人間はフィターゼを分泌できないと書きましたが、実は腸内細菌の中にはフィターゼを作るものがあります。胃袋が複数ある牛や羊などは、胃袋の中の細菌がたくさんのフィターゼを作るため、生の穀物を食べてもなんとか大きくなれるのですが(発芽した穀物やフィターゼを加えた餌なども開発されています)、人間も腸内環境が良い人はフィチン酸による害を受けにくいのです。また、ビタミンA、ビタミンD、カルシウムなどの栄養が満たされていると、フィチン酸による影響を受けにくいこともわかっています。良質の動物性脂にはビタミンAやビタミンDが多く含まれています。アルプスの少女ハイジが食べていたような、天然酵母で発酵させたパンと、搾りたての生の牛乳で作ったチーズの組み合わせは、とても理にかなっていたわけですね。


種子類に含まれる反栄養素は、フィチン酸だけではありません。酵素阻害物質やレクチンなど、フィチン酸以外にも人間の体に負担をかける物質はたくさんあります。なので、フィチン酸をゼロにすることに躍起になることは賢明ではありません。フィチン酸は、私達に人間にとっては害になる物ですが、その簡単には壊れないという仕組みのおかげで植物は子孫を残すことが可能になる、というとても大切な物でもあるので、多少は体に入れても大丈夫なように私達の体は作られているはずです。やはり日々のバランスの取れた食事が大切なのです。


消化器官の健康は食べている物だけで決まるわけではなく、睡眠、精神状態、神経の流れ、運動などにも影響を受けます。どれだけ健康的に食べたとしても、睡眠不足や精神的ストレスが多い状態が続くと、腸内環境もどんどん悪くなっていきます。健康の5大要素「DREAM」(Diet/食事、Rest/休養、Exercise/運動、Alignment/姿勢、Mental health/精神)を常に点検しつつ、今年一年皆さんがそれぞれの場所で与えられた仕事を元気にこなしていけることを願っています。



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